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2005コンフェデレーションズカップ・観戦記
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ケルン(Koln) 22
.06.2005
今日は珍しく午前中のうちにホテルをあとにしてケルンに向かった。これまでの移動距離と比較するとそれほどもなく快適なドライブだったが、今日でベッキーとはお別れなのでかなり気分的には沈んでいた。ケルンの中央駅で彼女は長距離バスに乗り換えることになった。彼女と最後の言葉をかわす。「See you next year!(また来年会いましょう!)」と。
再び男2人旅となった我々はすぐにホテルに向かった。この日のブラジル代表はホテルを貸切っている為に、私たちは他のホテルを手配しなくてはいけなかったからだ。結局はブラジルのジャーナリストも宿泊するホテルを紹介してもらう事になった。しかし、そのホテルを前にビックリ、まるで映画に出てくるお城のセットのような建物に私たちは「ビューティフル」を連発していた。新婚旅行には絶対行きたい(行きたかった)ようなこの建物は、ホテルというよりは美術館といった感じで部屋もピカピカと光り輝いていた。
ただ、パーフェクトに思えるこのホテルの唯一の欠点は部屋の鍵の開閉が難しいこと、カードキーではないのは分かるけどなかなかその開け閉めにかなりの時間を費やしてしまった。同じ様な悩みを抱えていたのが藤原清美さんで、ある時は悪戦苦闘している私をみて「ここの鍵でなかなか難しいですよね」って声をかけてくれた。この難しさは日本人共通のようである。
さて、女っ気がなくなった今日はイギリスからふたり組の男たちがやってきた。ふたりともなかなかいいヤツで私たちの旅を盛り上げてくれるのに一役かってくれた。ホテルで合流するとすぐにブラジル代表が宿泊するホテルに向かった。山道を駆け上がり避暑地を思わせる場所にあるホテルは、こちらもまるでお城のようであった。ちなみにこのホテルは入口付近で関係者以外は完全にシャットアウト、私たちは名簿に名前があった為に入ることを特別に許可される事となった。(ホテル内まで入ることは許可されなかったが)その前をパフェイラが登場、予選リーグ突破のかかる大事な一戦を前にピリピリとしているのかと思いきや、意外とリラックスモードで「頑張って!」と声をかける日本人(私)にやや複雑な表情を浮かべながら私たちにも気軽に声をかけてくれた。その後、試合前の景気づけにホテルのテラスで乾杯(彼らふたりはもちろんビールで、我々はコーラで)をして、サッカー談義に花を咲かせた。やはり旅の楽しみのひとつはこうしたサッカー談義にあると思った。
さて、今日はブラジル対日本戦ということもあって、ホテル内であるブラジルのラジオ局の方から取材を受ける事になった。最初はそんな気はなかったのだが、毎日いろいろな情報を教えてくれるその方へのせめてものお礼のつもりでその依頼を快諾する事にした。実際の質問の内容は次のような感じである。「ジーコは指示を出す時日本語なのか?」、「ジーコは日本では人気があるのか」、「ジーコの日本国内での評価はどうだ」ただ取材といってもジーコの話ばかりだ。それに対し私はこう答えた。「ジーコには通訳がいるので、ポルトガル語で指示を出している。でもJリーグでは多くのブラジル人がプレーしているので、簡単な会話だったら今の選手はできるんじゃないの。アレックスもいるので言葉の問題はさほどないだろうね。それと中田とはイタリア語で話しているね。その時はとても楽しそうだよ。」(相手が笑う)「日本で彼のこと知らない人は誰もいないはずだよ。日本(鹿嶋市)には彼の銅像があるしね。」(相手は驚く)「評価は難しいところだね。マスコミはあまり評価していないけどね。でも代表監督とマスコミの関係なんてそんなもんだろ?」(相手は苦笑いのあと大爆笑)
うまくまとまったところで日本を発つ前から楽しみにしていたブラジル対日本の試合会場へと向かうことになった。さすがに取材されている時は冗談を言う余裕があったものの、試合開始が迫ってくると私自身はどこかナーバスになっていた。それを察してくれた彼らが「たかがサッカーの試合なんだから・・・」と声をかけてもらいずいぶんと楽になったものである。スタジアム前の芝生で休憩(イギリスから来た二人組は相変わらずビールだったが)、日本からのサポーターも多くいたるところで記念撮影が行われていた。(ガゥーショは日本人のターゲットになっていた)開始30分前にスタジアム内へ、この試合の気合の入れようが分かるようにこの日はなんと最前列(後日TVにバッチリ映っていたのが判明)に座る事ができた。
試合はセレソンが主導権を握りながらも、日本が必死に抵抗するという形で展開されていた。とは言え、結局はセレソンの実力が一枚も二枚も上手だった感じである。試合前にガイドが話してくれた「強いほうが勝つのさ」という一言が妙に心に残っていた。結果はドローながらも、U.K.のふたり組に「(日本は)アンラッキーだったね」と言われても「いや、ブラジルは強いよ」と答えしか思いつかなかった。
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2005コンフェデレーションズカップ、日本対ブラジル
0-1 ロビーニョ
1-1 中村俊輔
1-2 ロナウジーニョ
2-2 大黒将志
観衆44922人
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