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2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル


2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
 
四年に一度のサッカーの祭典ワールドカップ、横浜国際に無数の千羽鶴が舞ってからもう一年が経過しました。ロビー・キーンの起死回生の同点弾、稲本潤一の決勝点での日本ワールドカップ初勝利、「テ〜ハミングゥ〜」の赤い絶叫、ベッカムが雄叫びをあげたアルゼンチン戦、そしてファイナルにおける勝者と敗者のコントラスト。この一年前の、わずか一ヶ月間の出来事は永遠の記憶となって人々の脳裏にとどまり続けることでしょう。

2002年ワールドカップを制したのは、サッカー王国ブラジル。セレソンの愛称のカナリア軍団は南米予選では予想外の苦戦を強いられ、ようやく本大会のキップを手中に収めました。その間、監督の首が次々と飛び、招集されるメンバーは猫の目のように変わるというドタバタ劇を演じたのです。そんな中、本大会で監督の座に就いたスコラーリは、ブラジル国民が全幅の信頼を寄せるロマーリオではなく、ケガから復帰して間もないロナウドに賭けたのです。

結果的にこれが吉と出ました。ロナウドは大会の得点王に輝き、自らの足で98年大会決勝戦での悪夢に終止符を打ったのです。神様ペレ、皇帝ベッケンバウアーらの祝福を受け、ついに栄光のステージへと歩み寄りメダルを授与、そしてあのFIFAワールドカップトロフィーへの口付けを許されたわけです。ベッケンバウアー、パサレラ、ゾフ、マラドーナ、マテウス、ドゥンガ、デシャンそしてカフーへ。

「台座から複数のラインがらせん状に伸び上がり世界を受け止めている。像のコンパクトなボディには躍動感がみなぎり、感動的な勝利の瞬間に浸るふたりのアスリートの姿が浮き上がっている」世界の平和を願い、アスリートの姿を線状でイメージして創作されたその黄金のトロフィーからは、創作者でもあるイタリア人芸術家シルビオ・ガッザニガの想いが伝わってきます。そして、トロフィーと同じふたりのアスリートが地球を受け止める姿は、メダルにも刻銘に刻み込まれています。
 
2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
 
2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
 

このメダルは、もちろん2002年ワールドカップ決勝戦後の表彰式でブラジル代表の登録メンバー、スタッフ総勢30名に手渡されたものです。直径5cm、厚さ3mm、重量65グラムの小さいながらも抜群の存在感を醸し出すこのメダルこそが、世界の頂点に立ったものだけが許される最高の栄誉なのです。そして、ガッザニガが描く感動的な勝利の瞬間に浸るというイメージにぴたりと当てはまった勝利者だけが、このメダルを首から提げることができるわけです。そんな彼の熱い想いは、メダル表面のFIFAワールドカップトロフィー(縦4.3cm×横最大1.5cm)は非常に細かく鮮やかな彫りと裏面の2002FIFA WORLD CUPKOREA/JAPANの文字、そして下部に施されている「BERTONI BGE」の刻印からも窺い知る事ができます。そしてもちろん、表彰式の後には全員にメダルを収納する為の青のケース(縦12cm×横12cm、中央部分にFIFAのロゴ入り) が配られました。

 
2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
2002FIFAワールドカップKOREA/JAPAN 優勝メダル
 

地球上に30個しか存在しないこのメダルはフットボールメモラビリアの最高峰であると同時に芸術性にも優れ、そしてそれはワールドカップチャンピオンとしての証としてサッカーを志す人の憧れの象徴でもあるのです。

こんな稀少で門外不出であるはずのものが、なぜ地球の反対側の日本に再び戻ってきたかと言いますと、これには私のある想いがあったからです。Jリーグには毎年数多くのブラジル人プレーヤーが来日を果たしています。おそらくこれまでブラジル人を採用したことのないJ リーグチームはないのではないでしょうか?ご存知の通り、現在の日本代表監督はあの神様ジーコ。カレッカ、レオナルド、ジョルジーニョ、ジーニョ、サンパイオといったセレソンのスターたちの来日は言うに及ばず、セルジオ越後やマリーニョといったサッカー不毛の時代からの伝道者しかり、更にラモス、ロペス、アレックス(古くはネルソン吉村、与那城ジョージ)たちは日本へと帰化してくれたのです。(最近では我らが水戸のトゥーリオが帰化申請中)日本サッカー史においてブラジルというサッカー王国がいかに重要で、欠くことのできない存在であるかという事は、これまでの歴史が雄弁に物語っています。

かなり生意気ですがそんな彼らへの感謝の気持ちを含めブラジルに住む恵まれない人達の為に役立てていただければ・・・、というある方との意見が合致した結果、チャリティー目的で日本人コレクターの方との橋渡し役で入手したのです。CBFオフィシャルの封筒に入れられ地球を半周したこのメダルには、価値や希少性とは別の次元で日伯両国のサッカーを通じての架け橋との想いがこめられています。

こんな素晴らしくキング・オブ・メモラビリアとも言うべきこのアイテムを、栄えある第一回のTopicsとして取り上げさせていただきました。

 

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